Like Site

ブックマーク代わりのブログ

水耕栽培一筋

北海道の函館市七飯という町があります。

 

ちょっと道をそれますが「七飯町」読めますか?

 ふふ、答えは最後に記載いたします!(^^)!

 

さて、この七飯町に「アプレ」という野菜の水耕栽培の会社が

 あります。

 この会社の役員の山根さん。現在は御年43歳ぐらいです(のはず)。

 雪が降る北海道で一年中野菜が作れないかと考えを巡らし20年以上前から、

 水耕栽培を独学で開発したのです。

 

NHKの番組で知ったのですが、その時の記憶が間違っていなければ、

 中学生ぐらいから考えていたとインタビューにこたえていたような

 気がします(間違っていたらごめんなさい)。

 

思いは現実になり、国からの補助金も取り付け見事工場を完成させて、

稼働しています。

 「地元の雇用を守る」。この強い思いが、ここまで導いたのです。

 

アプレの水耕栽培で作れない野菜は無いそうです。

 現に、大手製薬会社と提携し漢方用の薬草も栽培しています。

 

そして、新たに大手企業との水耕栽培のIOT技術の実証実験が

始まっています。

 

原野をただひたすら斧一つで木を倒し、北海道を開拓した先人達と

だぶります。

 

自分が信じる道をブレなく歩める人は本当に素晴らしい。

 そして、地元に還元するという社会的役割も果たしています。

 

アプレがあるところは道南にある本当に小さな町なんですよ。

 (こんな風に書いたら七飯の町民に非難されるかも。)

 そう!!七飯町です。答えは、ななえちょうです。!(^^)!

 

 

 

www.apure.co.jp

めぐみの家

ミニチュアホースに陸ガメ、犬?匹。ミニ動物園のことではありません。

 秋田県にあるめぐみの家で飼われている動物たちです。

 動物というよりも既にみんなの家族です。

 みんなというのは、めぐみの家に住む高齢者と大家さんの細部さんのことです。

 

細部さんこと大家さんは訪問介護事業所を立ち上げ、銀行から借り入れして

高齢者とともに暮らせるアパートを建てました。

部屋は、1Kでキッチン、トイレ付きでお家賃が3万円ほど。

これでは銀行への返済が厳しいのでは。

でも、同じ建物で介護事業所も開設しているから

何とかなるそうです。

 

知り合いの高齢者が倒れた後に自立して過ごす場所が無かった

のがきっかけで、めぐみの家を作った大家さんです。

 

コの字型のアパートは各部屋のベランダの窓が全部中庭に面して

 います。住人同士はもちろん動物たちとも触れあう穏やかな生活が

そこにはあります。

 

 介護施設で暮らすのもいいけれど、めぐみの家の部屋は多少狭くても、

 自宅と同じ時間を過ごせます。

そんなの当たり前、だって賃貸住宅ですもん。

 

アパートだから、あくまでも自分が借りている部屋です。

そして何より安心なのは大家さんの24時間の見守りがあります。

 

高齢者に病気はつきものでどうしても入院する必要があるときが

あります。

高齢者系の施設は長期入院になると、一端、退出になる場合が多くて、

せっかく病気がよくなり退院となっても、いかんせん次に

入居する施設が見つからないってことはよくあるパターンです。

 

でも、借りている部屋ならそんな心配は皆無です。

安心して病院で治療に専念できます。

 

誰だって家族に介護されたいなんて思っていないのですが、

どうしようもない現実もあります。

これからは否が応でも「共生の暮らし」が必要になってくるわけで、

めぐみの家は一つのひな形でありますが、コレクティブハウスや

シェアハウスなど、いろいろな共生の暮らし方が増えることにより

自分にあった共生の暮らしの選択が広がればと思います。

 

自分の老後を考える時、支払える家賃は3万円までだよなぁと

よく思います。60歳になったら市営住宅に入居するという選択も

あるけれど、空いてなかったらしょうがない。

これからうんと知恵をしぼるなり。

 

めぐみの家のブログ

めぐみの家とゆかいな仲間たち

 

めぐみの家の詳しい情報

「ともにくらす」/秋田魁新報社

 

 

ダイエットシェアハウスなんてのがあったけど、

今も存続しているのだろか??

ホント、ろくでもない事を思いつくもんだ。

シェアハウスの意味を分かっているんだろうか。 

これも時代の産物という代物なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お世話になっておりますそして感謝しております

 

日常業務でアドビのイラレフォトショップを使います。

各々のソフトは、すごい能力を兼ね備えていますが、

多分、その1割も活かせていないなと感じながらも

必要に迫れた時は、頭を悩ませながら格闘します。

 

100%独学で、必要に応じた知識を吸収して使っているのですが、

ネットが無ければまず一人でここまではこれなかった思います。

ネット上でアドビ製品の使用方法を教えてもらえる全ての

サイトの運営者の方に心から御礼いたします。

 

DTPのこともほとんどネットで学びました。こちらの全ての

関係者各位に御礼いたします。

 

最近、よく閲覧しているのがコマーシャル・フォトが運営している

「Shuffle(シャッフル)」です。

フォトショップの加工技術はもちろん、基本知識もたっぷり解説してあります。

なんせ、初心者がいきなり本番の印刷データ作成でノウハウも何もない中で

ここまで 突っ走ってやって来たからとってもためになります。

これまでどうにも頭の中でもやもやの謎だったことがクリアされた内容の

解説もありました。

プロフェッショナルの方には当然のことでも、とうしろうには複雑怪奇なのです、

アドビ製品は。ワードやエクセルの比ではありません。

 

ホント、こんな解説が無料で見れるなんてありがたやありがたやで

感謝しきりです。

 

shuffle.genkosha.com

 

 

 

持って生まれたもの

才能1分、努力9分は自分にとっては、気休めの言葉。

 

この1分を持って生まれいずるのはほんの一握りの人達。

 

音楽、芸術、スポーツetc。

 

1分を持った人が努力してこそ、芽が出てくるのです。

 

才能を持って生まれても、その世界に一歩足を踏み入れれば、

 

そこに待っているのは、先に走り出しているライバル達。

 

でも、職人はもしかしたら努力10分なのかもしれない。

 

長い年月をかけて経験値を積み、感覚がとぎすまれ

 

すべてを身体で覚えていく。

 

だから職人技には心を打たれるのかもしれない。

 

職人技と評価されるまで我慢できるかできないか。

 

でも、打ち込める何かを見つけられた人は羨ましいし、

 

幸せだと思う。

 

しかし、芸術と職人技の境目はなんだろう。

 

独り言のようなものです。

 

本題に入ります。

 

編み師203gowの作品。これが才能でなかったらいったいなんなの

と思うぐらい、あんぐり口を開けるだけ。

羨ましいなんて言葉は無意味。

この編み師に努力という文字はあるのでしょうか。

素晴らしい!!そして奇想天外で抜群に面白いのだ。

203gow.weebly.com

 

 

 

 

 

ニュースブック

学研グループの電子事業部株式会社ブックビヨンドが運営している

サイト、ニュースブック。

地方新聞で掲載された記事を電子化して有料配信しています。

今は、ブログやSNS、ローカル情報サイトも豊富で、それなりの

情報を手に入れることができまが、地元に暮らす新聞記者が

プロ根性で書いている文章を読む機会はなかなかありません。

ブックビヨンドが良質な記事を選んで配信しているということで

有料とはいえそれほど高額ではありませんし、一部の電子書籍ストア

でも配信していますので気軽に購入できます。

自分も順番に購読していこうかと考えいます。

 

 

 

newsbook.tokyo

 

 

象を守った人の物語

旭川の旭山公園。

これまでなかった行動展示で大人気の動物園になりました。

(行動展示という表現は好きじゃないですが。)

旭山動物園の開園は昭和42年でちょうど50年前になります。

昭和42年というと日本が輝いている時代です。

 

───── 

 

信田修治郎氏という方がいました。

(いやぁ1911年生まれだから、確認できなかったけれど多分

 もう亡くなっているんじゃないかと。)

札幌で剥製を作る会社を創業した方で、その筋では著名人らしい。

 

現在は2代目に引き継いでいて(当たり前か)、円山動物園

剥製はその会社で作っているそうです。

 

円山動物園のことを掘り下げていたら、この信田修治郎氏という方に

邂逅しました。

かいつまんで説明しますと、クル病にかかった象がいたのですが、

この先動物園での飼育は無理ということで、信田氏に象を預けたのが

物語のはじまりです。

象の名前は「花子」。

(しかしどうしてこうも象の名前は「花子」だらけなのか(^_^;))

この花子、旭山動物園の開園にあわせてS41年に北海道入りしたのですが、

やってくるのが少し早かったらしく、札幌の円山動物園で預かり一冬を

過ごしました。その時も既にクル病だったことには気づいていたそうです。

そうして翌年から旭山動物園での生活が始まったものの、クル病は

悪化するばかり、象の身体が重い事も災いしたのかも知れません(私見です)。

飼育を断念した旭山動物園の園長は信田氏に花子を託すことにしたのです。

信田氏は花子を見て、クル病を克服できるのではないかと判断したのです。

そーしてここから壮絶な日々が始まります。

花子は最後をパラグアイでむかえました。

 

パラグアイと読むと「なんでー」となりませんか?!

 

すごい物語なのです。でも本当にあった話!!ノンフィクションです。

 

信田氏が花子とのことを書いた著書があります。

自分もこれから順を追って読みます。

 <信田修治郎著>

  • 1969年 花子よみがえるクル病の小象-越冬させるまでー
  • 1970年 とうとう歩けた病気の小ぞうが雪の国へやってきて
  • 1970年 がんばれ花子―雪の中で象を育てた
  • 1970年 花子のたび  ※1970年発行月順不明
  • 1973年 花子との対話-狩場の山ふところで

 

1970年発行「修ベエ回想記」という著書もありますが、

内容は花子のことじゃないかもしれませんが記載しました。

 

何でも、読売新聞社の記者が冬の札幌の山奥に象がいることに

驚いて記事に載ったのがきっかけとか。

当時は、随分と新聞を賑わせたようです。

 

早く、知りたい方は、

ホームページ「南後志をたずねて」に詳細が書いてあります。

ゾウが湯治にやってきた

 

このサイト読むだけでも感動もんです。

象も人もリスペクトです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気ない日常の記録

来年は、蝦夷から北海道に改名されて150年にあたります。

いつの頃からか北海道、というより札幌の歴史を追いかける

ようになりました。

150年は長いか短かいか?

日本国の歴史を考えるとまだまだ甘ちゃんですよね。

 

札幌の本格的な開墾は明治2年です。

その頃の札幌は原生林が生い茂り、小川があちらこちらに

流れ、たくさんの鹿が野を走り、熊やキツネも生息する、

未開発の土地でした。

今の札幌、特に都市部にはその記憶のかけらも残っていませんが・・・。

 

望みを持って北海道にやって来た開拓人は

初めて見た札幌に、何を思ったのでしょうか。

 

現代人には到底考えられないような労働と苦労と

極寒の寒さの中、黙々と働き毎日を過ごしていたのかと

想像するだけで畏敬の念しかありません。

 

恥ずかしながら、半世紀以上生きてやっと、

先人達の苦労に目を向けるようになったのです。

 

150年なら追えるだろと始めたのですがこれが、甘かった。

ネット上でも結構ブログやなんやかんやでアップしている

サイトも多いのですが、慣れてくるとだいたい同じ資料を

読んでいることがわかってきます。

 

そうなると、もう少し違う角度からと思っていたところ、

札幌古地名考という回顧録を見つけました。

大正生まれのペンネーム札幌原人が書いた文章です。

その1から始まり全部で54話あります。

 

札幌古地名考は、北海道建設協会の札幌支部のサイトに

掲載されているのですが後々、いえすでに貴重な資料では

ないかと思われます。

出版されていたら安心なのですが。

 

歴史を調べていると、札幌古地名考のような何気ない日常を

伝えることが大切なのではないと思うようになりました。

 

このような回顧録がもっと見つけられないかと

図書館や古本屋に足を運ぶ日々です。

 

150年前と現在では異次元のような変貌を遂げていますが、

100年後と今とでは劇的に変わっているようなことはあるので

しょうか。残念ながら確かめることはできません。

 

ならば名も無き人間が暮らした日々を綴り残すことに

多少でも何か意義があるのかも知れないと感じています。

 

 

http://www.h-ab.com/sapporo/feature/kochimeikou/

札幌古地名考(北海道建設協会 札幌支部掲載)