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ブックマーク代わりのブログ

ただ生きる

ご近所付き合いしていますか?

ご近所付き合いは必要でしょうか?

 

いつ頃から、ご近所とは疎遠になるようになってしまった

のでしょう。

最近は、町内会に加入することをこばむ人もいるようで。

分かる気はするんですよ、町内会に入ると行事参加や数年も経てば

会計だ、役員だってまわってくるし何かとわずらわしいですもん。

子供の頃、町内会の会計だった親が私に「悪いけど町内会費を集めて

来て」ってお願いされ集めに歩いたこともありました。

素直に応じたのは子供心に忙しくしている母を思う気持ちが

あったのでしょうか。

 

育った時代は映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような

みんなまだ貧乏で、でもなんか未来に希望があふれていたように、

今からおもうと感じます。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機がまだも三種の神器と言われていたかも。

物心ついた時には我が家には三種の神器はあったから

ALWAYSの方が時代は古いですね。

そろそろ、家庭で車を購入する時代に入っていました。

うちでも最初に購入したのは多分あれはカリーナだったんじゃ

ないかな。

小学校の低学年の時に、田舎の国道の舗装工事が始まりだした記憶が

あります。

たまたま、実家の隣に工事現場の番屋があり、そこに毎日遊びに行って

いました。おじさん達が可愛がってくれて、バイクの後ろに乗せて

もらったこともある。ヘルメットをかぶった写真が証拠。

今、子供がそんなところに一人で自由に出入りするなんて許される

はずもないよね。

 

よくよく考えてみたら、実家が自営業だったせいもあるのかもしれ

ないけれど、子供の頃っていつも大人の中にいたんだな。

それなのに、大きくなるにつれてどんどん人見知りするように

なってしまい挨拶するのも気後れするような時もあったけ。

今でも、人と会うのは億劫なところがありますが。

 

ご近所付き合いは突然できるものではないと思うのですよね。

時間をかけて少しずつ距離を縮めて、ある一定のところまで

きたらそれ以上は踏み込まない暗黙の了解みたいなルールが出来た

ところぐらいからが本当のお付き合いの始まりなのではないでしょうか。

合うあわないを見極める時間だって必要ですしね。

今日から突然、仲良くなんて絶対無理。

 

昔は確かにおせっかいおばさんや口うるさい近所のおやじや、

いじめっ子、いじめられっ子といろんな人がうじゃうじゃいました。

どうして知っているかというと、子供は外で遊んでいたからです。

家の中で友達と遊んでいると、「外で遊んできなさい!」と

おん出されるので、仕方なく外へと出て行きます。

雨の日は、軒先で遊んだりね。

外で友達といたずらしていると、近所のおやじに怒られて、

逃げ出しますが、捕まる友達もいました。

捕まえられた子はどうなったんだろう?覚えていない。

 

車も走っていない不審者もいない。だから子供は安心して自由に

外で遊べることが出来ました。

変な人がいたとしても近所のおじさんおばさんがどこで

目を光らせていました。

飼い犬もまだ繋がれていなかったから、自由にひとりいえ、

勝手に散歩していました。

私達が遊んでいると、しっぽを振って寄ってきます。

もちろん、どこのお家の犬なのかは知っています。

しばらく私達と一緒に遊んでいたかと気づけば、

ちゃんと飼い主の家に戻って行くのです。

間もなく、繋いで飼うように指導が入りましたが・・・。

 

近所の子供達との間で上下関係や軋轢も経験します。

自分の周りには、いろんな人がいるということの経験値が積み重なり

自然に人間関係の素地は仕上がっていったんじゃないだろうか。

 

戦後は、急速に個人主義核家族がすすみ、家庭環境が

大きく変わってしまいました。

それが悪いわけではないのでしょうが、日本人の気質には

そぐわなくて、時代がすすむとともにいびつになって

いったのでは?

 

東日本を経験したことにより、これまでの価値観が変わったのは

まぎれもない事実です。何かを取り戻す、はじめる?

 

「ただ生きる」。この言葉の重みは、震災が教えてくれました。

 

ナチュラルに人間関係を築く知恵を身につけることが

日々の暮らしの楽しさに結びついていくような気がします。

 

 

 

lab.machimachi.com